検索
  • clubark

「研究成果に対する問題」三回目 ①

今回は、日本人の偉大な業績を残した二人の研究者を参考資料

として紹介します。皆様もよくご存じだと思いますが今一度考

察ください。

オリザニンを発見した鈴木梅太郎のプロフィールを以下に紹介

します。以前は、緒方正規や森鴎外の対立とか農芸化学出身で

東大医学部の学閥により反対された、との記述が多くみられま

したが、最近はその部分をうまく隠した記述が多くなっていま

す。

鈴木梅太郎は、「理化学研究所」の設立者の1人としても知ら

れています。1889年に東京農林学校(現東京大学農学部)に入学、

1893年総代で卒業。同大学院を経て、1901年ベルリン大学へ

留学。エミール フィッシャー教授のもとで 、タンパク質やア

ミノ酸の分析について学んだ。明治43年(1910年)、世界で初

めて、梅太郎は米ぬかから脚気防止に有効な成分を発見し、「

オリザニン(ビタミンB1)」と名付け、脚気の治療に大きく貢献

しました。

しかし、当時、脚気の原因と治療法を巡って陸軍と海軍が対立

していた。

 

    海軍             陸軍

   食事説            脚気菌説

   高木兼寛        東大衛生学緒方正規

               東大内科教授青山胤通

               陸軍軍医総監石黒忠悳

               森村太郎(森鴎外)

海軍内の「脚気」の克服 日露戦役で25万人の脚気患者、3

万人の脚気死亡者を出す。

・1885年、翌年東大衛生学教授となる緒方正規は脚気の原因、

 脚気菌を発見したと報告した。

・北里柴三郎は89年に「緒方氏の脚気バチルレン説を読む」

 と題する論文で、脚気菌説を否定した。

・1911年東大農芸化学の鈴木梅太郎は米糠から抗脚気因子と

 してのオリザニン(ビタミンB1)の抽出を報告した。しか

 し、当時は病原体原因説が根強く、また将来性がある緒方正

 規が病原菌説であり、また鈴木梅太郎が農芸化学出身であっ

 たため、医学界はこの功績を認めることはなかった。

・その結果、陸軍は、海軍の脚気駆逐の実績を無視したので、

 夥しい兵士の命が奪われる。日清戦争の戦死者は約5000人だ

 が、約1万2000人が脚気による死亡。

鈴木は、翌1911年(明治44年)1月には東京化学会誌に論文を

発表し、その中で糠に含まれる有効成分(後にオリザニンと命

名)が動物の生存に必要不可欠の新しい栄養素であることを示

し、後にビタミンとして認識されることになる概念を打ち出し

ました。鈴木は、同年には陸軍の脚気の原因がオリザニンの欠

乏症であることを報告しましたが、この発見は日本の医学界か

ら黙殺される結果となりました。鈴木の発見から1年後、ポー

ランドの医学者カシミール・フランクが、米糠から脚気に有用

な成分の抽出に成功し、これを「ビタミン」と名付けました。


1回の閲覧
 

購読登録フォーム

©2020 by clubark。Wix.com で作成されました。